【状況】「夫が退職金を使い込むかも…」Pさんの切実な悩み
Pさんと夫は、夫の単身赴任をきっかけとして別居生活を送っていました。
夫の定年退職が近づいてきた頃に夫が自宅へ戻ってくる可能性が浮上したのですが、Pさんがこれを拒否したことで別居が続きました。
そんな中、夫は定年退職後、Pさんに何も告げずに行方が分からなくなってしまいました。
Pさんは、浪費癖のある夫が退職金を全て使ってしまうのではないかと、強い不安を感じていました。
「離婚したいけれど、夫と連絡も取れない。退職金も諦めるしかないの…?」そんな状況の中、Pさんは当事務所にご相談に来られました。
弁護士の活動
1 夫の退職金を守るための仮差押え
1.1 退職金口座の特定が鍵
預貯金の仮差押えは、基本的に金融機関名と支店名を特定した上で行う必要があります。
Pさんは当初、夫の退職金が振り込まれる口座を把握していませんでした。
しかし、弁護士とPさんが調査を行ったところPさんが知らない夫名義の口座があることが判明しました。
上記口座に退職金が振り込まれている可能性が高いと思われたことから、その口座の預貯金を対象として仮差押えを行うこととしました。
1.2 スピードが重要!数日で仮差押えを申立て
仮差押えは時間との勝負です。
手続きが遅れると、その間に財産が流出するおそれがあります。
そこで、弁護士は、すぐに必要な資料を収集したうえ、Pさんからのご依頼を受けてから数日以内に債権仮差押命令の申立てを行いました。
1.3 申立て内容
仮差押えを裁判所に認めてもらうためには、「Pさんには離婚して財産分与を受ける権利があること(これを法律用語で「被保全権利」といいます。)」、そして「仮差押えをしないと夫が財産を使ってしまう危険があること(これを「保全の必要性」と言います)」を、証拠を添えて裁判所に説明し、納得してもらう必要がありました。
これを法律の世界では「疎明(そめい)」するといいます。
弁護士は、離婚に至った経緯(夫の不貞行為や現在の夫婦関係の状況など)や、夫婦で築き上げた財産である退職金(元公務員の夫の退職金額を計算)について、具体的な証拠に基づいて裁判所に説明しました。
1.4 債権仮差押命令の発出
その結果、申立てから数日で裁判所は仮差押えを認める命令を出してくれました。
そして、ターゲットとした夫の預貯金口座に退職金が振り込まれていたため、無事に数百万円の仮差押えに成功しました。
ちなみに、夫の住所が分からなかったため、裁判所からの命令は「公示送達(こうじそうたつ)」という特別な方法で夫に伝えられました。これは、裁判所の掲示板などに内容を掲示することで、法律上、相手に届いたとみなす手続きです。
2 離婚調停、離婚裁判
仮差押えはあくまで、相手方の財産を保全するための手続であり、仮差押えが認められたからといって、手元にお金が入ってくるわけではありません。
そこで次に、離婚の成立と、Pさんが受け取るべき財産分与の金額を法的に確定させる手続きに進みました。
2.1 離婚協議、離婚調停
夫とは連絡が取れないため、話し合いによる離婚(協議離婚)は不可能です。
そこで、すぐに離婚調停を申し立てましたが、やはり夫は現れませんでした。 そのため、調停は早々に見切りをつけ1回目の期日で調停を不成立とし、離婚裁判へと移行しました。
2.2 離婚裁判
調停不成立後、すぐに離婚裁判を提起しました。
財産分与については、夫の定年退職前の勤務先に対し、夫が受領した退職金の額に関する調査嘱託(ちょうさしょくたく)を申し立て、夫が受領した退職金の額を証明しました。
その他、夫が支払っていない婚姻費用の清算や慰謝料の請求が認められた結果、財産分与、慰謝料等で合計約1200万円の支払いを命じる判決を獲得した上、無事、離婚も成立しました。
なお、この離婚裁判の訴状等の送達は、仮差押命令と同様に公示送達によりなされています。
相手の話し合いに応じない場合の調停の進め方や公示送達の準備については、別途以下のページでまとめていますので、ご覧ください。
関連記事:【所在不明の夫と離婚成立】定年退職後に連絡がつかない夫と離婚できた事例
3 判決確定後の強制執行
3.1 判決を現実に!差し押さえた財産の回収(本執行)
離婚裁判の判決が確定した後、判決で認められた約1200万円を実際に獲得するために夫の預貯金の債権差押えを行いました。
そのうち、仮差押えが認められていた数百万円については、仮差押えから本執行への移行となります。
債権差押えの結果、債権差押えにより判決で認められた約1200万円と遅延損害金を獲得することができました。
3.2 担保金もきちんと回収
また、仮差押え段階で担保金数十万円を納めていたのですが、債権差押えの完了後に担保金の取戻請求を行い、担保金を回収しています。
ポイント
ポイント1:【仮差押え】財産保全の第一歩!まずは相手の口座特定から
一般的な金融機関で預貯金口座が開設されている場合、債務者の金融機関に対する預貯金を差し押さえるには口座が開設されている金融機関及び支店を特定する必要があります。
支店を特定せず、当該金融機関で開設された口座全てを対象として預貯金の差押絵を行うことはできません。
今回のケースでは、Pさんにおいて調査検討した結果、退職金が振り込まれている可能性が高い口座を特定することができ、仮差押えを成功することができました。
ポイント2:【仮差押え】退職金の存在を裁判所に認めてもらうための準備
仮差押えが認められるには、財産分与請求が認容される蓋然性を疎明(裁判所に一応確からしいと認めてもらうこと)する必要があります。
「疎明」は、「即時に取り調べることができる証拠によって」行う必要がある(民事訴訟法188条)ため、勤務先への調査嘱託等により退職金の額を明らかにすることはできません。
そのため、退職金の金額については保有している資料を基に、裁判所が一応確からしいと認める金額を主張していく必要があります。
国家公務員については、退職金の計算式が公表されているため、これに基づいて具体的な金額を主張していくことが考えられます。
民事訴訟法188条
疎明は、即時に取り調べることができる証拠によってしなければならない。
ポイント3:【仮差押え】離婚原因も、証拠と共にしっかりと主張
財産分与だけでなく、離婚原因についても、「即時に取り調べることができる証拠によって」疎明(裁判所に一応確からしいと認めてもらうこと)する必要があります。
そのため、相手の不貞行為や暴力に関する証拠、離婚原因に関連するLINEやメールのやり取り、当事者の陳述書などにより疎明していくことになります。
ポイント4:【離婚裁判】離婚裁判では証拠を固めて「退職金の正確な金額」を証明
一方、離婚裁判では、「疎明」ではなく「証明」が必要になります。
この段階では、裁判所を通じて相手の勤務先に調査を求める「調査嘱託」が可能になります。今回のケースでも、この手続きによって退職金の正確な額を把握し、正当な財産分与を求めることができました。
ポイント5:【裁判後の手続】判決が出ても安心は禁物!確実な回収と諸手続きまで
離婚裁判で「夫はPさんに約1200万円支払いなさい」という判決が出ても、自動的にお金が手に入るわけではありません。
確定した判決を基に債権差押え(本執行)へ移行する必要があります。
その際、仮差押えを行った範囲を超えて債権差押を行うときは、仮差押えを行った範囲については「仮差押えの本執行移行」であることを申立書に明示しておく必要があります。
また、仮差押命令が発出されるには担保金の納付が必要です。
この担保金の取戻請求についてもれなく行う必要があります。
Pさんのように、相手方が行方不明であったり、大切な財産を使い込まれてしまう不安がある場合でも、決して諦める必要はありません。
法的な手続きを適切なタイミングで活用することで、ご自身の権利を守り、正当な財産分与を実現できる可能性は十分にあります。
もし、離婚や財産分与に関して少しでもご不安やお悩みをお持ちでしたら、一人で抱え込まず、まずは弁護士へご相談ください。
※掲載中の解決事例は、当事務所で御依頼をお受けした事例及び当事務所に所属する弁護士が過去に取り扱った事例について、案件や依頼者様の特定ができないように内容を編集したものです。